万里の長城の画像

COPDという試練を克服し、一生の夢をかなえる

ジョアン(85歳)はCOPDであっても、先日、万里の長城を歩くという一生の夢をかなえました。ジョアンが適切な薬の服用をするようになって活動的な生活に戻れたいきさつを、娘のヘレンが語ります。

母のジョアンはテキサス出身で、今はコロラド州の8700フィート(約2650メートル)の山の上で暮らしています。1940年代から50年代に青春を送った人に多いのですが、母も十代でタバコを吸い始めました。48歳で禁煙したものの、残念ながらすでに母の健康はむしばまれていました。慢性閉塞性肺疾患(COPD)になっていたのです。肺への空気の流れが制限されて正常な呼吸ができなくなる、珍しい疾患ではないものの、深刻な肺の疾患です。

母は昔から活発な女性で、70代まで活動的な生活を送っていました。よく山の斜面をスキーで滑降したり、テニスコートに出たりしていたのです!

楽山大仏見物に向かう船の旅を楽しむジョアンの画像
楽山大仏見物に向かう船の旅を楽しむジョアン

 

でも次第に母は動きがにぶくなり、できることが限られると感じるようになっていました。原因は息切れです。ほとんど誰もが毎日意識もせずにしている呼吸が、うまくできなくなっていたのです。

次第に母の世界は狭くなっていった

母を訪ねるたびに母の活動レベルと健康状態の変化が目につくようになりました。ただの風邪があっというまに重症化するのです。でも母はそういうものだとあきらめているようで、自分の健康状態に引きずられて活動レベルも変化しているという自覚がありませんでした。

急激に症状が悪化するようになり、定期的に服用する吸入薬を処方されました。これは母の日常生活に大きな影響を与えるものでした。

兄と私は毎晩、母が安全に一人暮らしを続けられるのか、息切れのために体もろくに動かせず、椅子に座りっきりの生活になるのではないかと、悩みました。

母はかかりつけの医療チームの診療に通うようになり、定期健診で胸部X線の画像に影が見つかりました。それを受け、良性腫瘍ができていた肺の右中葉を切除しました。退院後、母は吸入薬を処方されました。

COPDの管理

母が薬を服用しているか確認したところ、なんと服用していませんでした。母の主治医に連絡してみて、母がCOPDの薬を処方通りに服用しておらず、薬の補充を一度もしていないことがわかりました。

それを聞いて本当にショックでした。母は昔から地域活動に積極的で、人の面倒見がとてもよかったのです。だから自分の健康もしっかりケアしていると思っていました。母の健康状態が次第に悪化している理由がこれでようやくわかりました。

母はずっと薬を吸入していなかったと私に打ち明けました。母と私と主治医の先生で膝を交え、吸入薬が何のためのものか、正しい吸入方法、それから特に、処方通りに服用したら何が期待できるかを話し合いました。薬で人生が変わるのよ、お母さんが切望していた自立した生活に戻れるのよ、って。

85歳で万里の長城を歩く

母は今では健康の維持に前向きに取り組んでいます。いかにも母らしく新しいことに次々と挑戦し、私がついていけないほどです。

いちばんよかったのは、愛着のある標高の高い山の上の町に今も住んでいられることです。呼吸が楽になったおかげ、と母は言います。母は以前よりずっと幸せになり、私たち家族の心配も減りました。

昨年10月には一緒に16日間の中国旅行に行き、母は万里の長城を歩くという生涯の夢をかなえました。その日に備え、母は理学療法士と一緒に体力作りに励み、エアロバイクを漕いだり、薬の服用を忠実に守ったりしました。そのかいあって、母は同じツアーの60代や70代の人たちを軽々と追い越して歩いたんですよ!

万里の長城を歩くジョアンの画像
万里の長城を歩くジョアン

 

ある日の北京は暑かったのですが、母は7マイル(約11キロメートル)以上歩き、同じグループの人たちが次々と脱落するなか、歩き続けたのです。頤和園の上り下りもこなし、一度も弱音を吐きませんでした。これからもまだまだ母とたくさんの体験をともにしていきたいです。

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